浦 一也の
旅のバスルーム



2021年 新春号カロン・ドゥ・ボーマルシェ
─ フランス・パリ
パリの典型的なプティ・ホテル
文・スケッチ/浦 一也
パリはリヴォリ通りからマレ地区に入ってすぐのいわゆるプティ・ホテル。ブティック・ホテルともいわれている。
小さなロビーでレセプショニストらしきおじさんがひとり、たくさんの書類を積み上げたデスクの前でにこやかに出迎えてくれた。いかにもフロントというカウンターより親しみがもてる。
ロビーの壁は花模様のクロスの緞子張り(*1)。たくさんのアンティーク家具や額絵に囲まれたラブリーなインテリア。
観光に、買い物に、食事にとても便利な立地。ポンピドゥー・センターやピカソ美術館にも近い。
ゲストルームは小さいが、妙に落ち着く。ここに何日も滞在したが飽きない。古材を使った天井の木の梁が太い。鳥瞰スケッチにしてみる。
ライティング・デスクはジャンピングして化粧台になる。その奥にある化粧鏡に付いたキャンドル型の照明器具には感心する。炎の部分はガラスでできているのだが、それが揺れ動く。薄いメタルがたぶん照明の熱でスイングするだけなのだろうが、そのゆらめきが自然。よくできている。これは安全。
白と青のバスルームも決して広いとはいえないが、過不足がなく、清潔。
外で夕食をいただき、ホテルに帰ってきて驚いた。
なんとホテルが火事! 訓練ではない。はしご車がはしごを伸ばし、ボンベを背負った消防士がたくさん走りまわっているではないか。ホテルの従業員が暖炉の煙突の中にあった紙を取り忘れて火をつけてしまったとか。「ぼや」ですみ、水浸しも免れたが、しばらく焦げ臭さは消えない。パリは古い建造物に神経を尖らせていることがよくわかった。
何泊もしたのに、ホテルは申しわけないとその日1泊分の宿泊費は受け取らなかった。
バスティーユで年に2回催される骨董市アンティーク・ブロカンテに行く。
数百といわれる店が河の両岸に並び、それはそれは広くて、一店ずつ見ていくと一日かかる。あまり価値のないような古道具もあるが、長い時間経過に重い価値を見出す人々がそれだけたくさんいるということに感心する。
クリニャンクール(*2)やサン・トゥアンの常設のフリーマーケットや家具屋も見てまわる。再訪なのだが、またも膨大な店の数に圧倒された。安い食器から版画、高価な照明器具、日本の仏壇まである。ひやかして歩くだけでこれも一日はかかるだろう。おもしろいレストランもあって楽しめる。土、日、月曜だけオープンされ、家庭向きの古道具を買い求める家族連れで賑わう。アンティークを眺めるものではなく、とにかく使うものとして探しているのだ。だからリペア(修理)ショップが成り立つ。
ディテリオレーション(deterioration)という概念がある。古びる、悪化、劣化、低下するというような意味。火事騒ぎとアンティークでこれが気になってきた。
*1 緞子(どんす)張り:壁に布地を張る工法。クッションになる材料を入れ、周囲だけを留めるので布団を張ったようにふわふわとする。
*2 クリニャンクール(Clignancourt):パリ市中心から地下鉄で約30分。約3000軒の店舗がひしめき合い、パリで最大の蚤の市といわれる。生活雑貨から家具、古着、美術品、アクセサリー、なんでも売っている。
Hôtel Caron de Beaumarchais
Add 12, rue Vieille-du-Temple-75004 Paris, France
Tel +01 42 72 34 12
Fax +01 42 72 34 63
Email hotel@carondebeaumarchais.com
URL www.carondebeaumarchais.com/
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浦 一也Ura Kazuya
うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦 一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。