浦 一也の
旅のバスルーム

角部屋であったため、2面の眺望が得られて明るい。バスタブには温泉が引かれている。
温泉が引かれたバスルーム。
鋲を打ったライティング・チェア。ホテル各所に使われている。
赤い欄干と屋根の破風が特徴の花御殿外観。

2021年 春号富士屋ホテル ─ 神奈川県

和洋の絶妙な組み合わせ

 海外旅行がしにくくなったということで、日本の代表的なオールドホテルに行ってみることにした。
 1878年創業の箱根の富士屋ホテル。
 創業者の山口仙之助は20歳で米国に渡り、帰国して福沢諭吉にすすめられ、温泉が湧くこの箱根宮ノ下に外国人が利用するホテルを始めたという。急な坂道なので籐椅子に担ぎ棒を取り付けて運ぶ「チェア」を使ったとか。国府津まで鉄道が開通すると、そこまで仙之助自身が客を出迎えに行ったというから驚く。
 その後長い歴史と変転を経て、大規模なリノベーションなどを果たし、2020年7月グランド再オープン。
 本館、西洋館、花御殿、フォレスト・ウイングの4つの客室棟のうち、三代目社長の山口正造(*1)が設計したという「花御殿」(フラワーパレス)を予約。数年前にはほかの棟に泊まったが、次はここにしようと考えていたのだ。千鳥破風と唐破風の屋根が付いた独特な日本的外観。緑青の屋根と朱赤の欄干が強いアイデンティティをつくりあげている。鉄筋コンクリート造5階建て。全40室。1936年に竣工しているから昭和の開業。
 フラワーパレスという名のとおり、各部屋がすべて異なる日本の花をテーマにしている。ここは「梨の花」。日本画がドアに掲げられ、ルームキーやカーペットのモチーフにもなっている。ジョン・レノン一家は「菊」の部屋に投宿したとのこと。
 このゲストルームは35㎡くらいだからそれほど広くはない。ベッドはハリウッドツインの配置。パーラーが部屋の中央にあって、テレビを軸線にしている。窓も大きい。床はパーケットフロアの「矢筈張り(*2)」。壁や天井は真っ白で天井高さは3558㎜ もある。バスルームなどのドアノブの高さは1200㎜ という外国人寸法。座面のレザーを鋲留めしたライティング・チェアが、歴史を語るようでなかなかいい。この形はいろいろな箇所で使われているいわば「富士屋型」。冬は寒いとみえてラジエーター・グリルがある。
 バスルームは3フィクスチャー。緑釉のボーダータイルを壁に張っているから無機質な感じはない。ロールのストックでもなんでも木の箱に入っていて奥ゆかしい。アメニティは引き出しに。リネン類はすべて十分なパイル密度があってリッチな気にさせる。天然温泉を各室に供給しているそうで箱根気分で入浴。考えられるほとんどの調度備品が揃っていて不足がない。細心の配慮を感じる。
 建物外観もそうだが、ロビーや食堂、ラウンジなどのパブリック・スペースには不思議な意匠が満載。柱頭の彫刻やレリーフ、装飾、ウィンドウ・トリートメント、欄間、欄干、ブラケットランプ、カーペットの色彩……。見歩いていると、美術館にいるようで時を忘れる。
 その高い格天井のメインダイニングルーム。夕食に白ワインとともにいただいた「鱈の白子」料理が絶品であった。
 帰路には久しぶりに登山鉄道を利用した。
 台風の後の修復工事が終了したのだが、この状況だから人出はまだそれほどでもない。
 冬が近い。枯れかかった紅葉のもと、あのスイッチバック(*3)の動きがなつかしい。

*1 山口正造(1882〜1944):日光金谷ホテルの創業者・金谷善一郎の次男。山口仙之助の長女と結婚して山口家に婿入りした。
*2 矢筈(やはず)張り:寄木フローリングなどの張り方。ヘリンボーン、矢羽根張りともいわれる。
*3 スイッチバック:鉄道の走行で険しい斜面を登降坂するため、前後を切り替えてジグザグ走行すること。

富士屋ホテル
Add  神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359
Tel  0460-82-2211
URL  https://www.fujiyahotel.jp

  • 浦一也氏の画像

    浦 一也Ura Kazuya

    うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦 一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。