特集

2022年 夏号 プロトタイプの野心‑ CaseStudy#2 ‑工業製品を駆使した洋館
作品/「モリスハウス」
設計/渡邊大志
ウィリアム・モリスのテキスタイルを想起させるクロスや洋館風の装飾、木製モールディングなどのクラシカルな趣の内装は、施主の愛着ある家具と調和させるために設えられた。すべてが工芸品のようにも見えるが、じつは工業製品を組み合わせたもの。量産品でも使い方次第で個性が表れる。一品ものではないのに個性を生むためのシステムを試作した「プロトタイプ」のひとつだ。
取材・文/杉前政樹
写真/桑田瑞穂


皇族の宮邸にほど近い、都内屈指の高級住宅地。緑豊かな敷地に立つ築42年のヴィンテージマンション。ふかふかのカーペットが敷かれた中廊下を進み、玄関ドアから内部に招かれると、一瞬いつの時代に迷い込んだのだろうかという心地になる。壁紙も天井も、建材はすべて新しい。けれども内装のすべてがひとつの建築言語で貫かれていて、それがクラシック音楽のようになめらかに身体になじむので、新品のぴかぴか感がない。かといって古い洋館の様式を単に模しただけのデザインでもなく、新しいのに懐かしい。「完成したてのレトロ建築」といった趣なのである。
施主は40代前半の夫妻と10代のお子さんふたりの4人家族。以前の住居は1964年に建てられ、都心の高級集合住宅の先駆けとして知られるマンションの173㎡の部屋で、その「ちょっと使いづらいけれど味がある」空間に合わせて、夫妻はどっしりと風格のある西洋アンティーク家具やステンド細工が美しい重厚な木製ドアを、こつこつと買い集めてきた。
ところが2020年9月、築56年のヴィンテージマンションが、26階建てタワーマンションへと建て替えられる計画が発表された。施主は建て替えには賛成していたが、住み慣れた「味のある空間」のよさも捨てがたく、近隣地域で売り出されていた約137㎡のヴィンテージマンションを購入した。だが内部は仲介業者によってフルリノベーションされており、白いフローリング床に白い壁紙、北欧テイストの清涼感あふれる内装が施されていた。この空間に手持ちのアンティーク家具はまったく合わない。そこで施主は友人の渡邊大志さんの大学研究室を訪れ、建築家を紹介してくれないかと相談を持ちかけた。渡邊さんとは高校・大学の同期生で親しい仲ではあったが、次々に大規模な建築プロジェクトを手がける旧友に、マンションリフォームを依頼するのはさすがに気が引けたという。
しかし渡邊さんは「そんなおもしろい仕事なら、俺にやらせてくれよ」と興味を示した。「家具に合わせて家の内装をつくる。一般的な新築物件とは根底から逆のリクエストなので、これは何か新しい提案ができるような予感がしました」
施主がマンションを購入したのは21年3月。建て替え工事の関係上、8月までに以前の家を明け渡さなければならず、時間との勝負でもあった。当初の予算は、建て替え期間中の4年間の仮住まいとするなら500万円、そのまま住み続けるなら1500万円以上と、居住期間すら大きく揺らいでいた。だが2週間ほどで渡邊さんが設計した内装案と模型を見て、夫妻はすっかり惚れ込んでしまったという。
嗜好のためのリフォームを徹底
おもにリフォームしたのは床と壁と天井の仕上げで、間取りは大きくは変えていない。新築分譲時に寝室脇のバスルームだった空間にはコンクリート壁が残っており、それが構造壁かどうか判別できなかったため壊さずに音楽室に転用、リビングの一部を壁で仕切って子ども部屋を増やした程度である。なるべく予算を抑えて廃材を出さないようにしたい、という要望を受けて、まずは白い床材にグラインダーをかけて削り、あえて塗りムラが出るようにダークブラウンで塗装。クラシックな柄の西洋壁紙や西陣織、和紙、不織布などを用いて、白く単調だった壁面を装飾していった。
「一度も住んでいない新品のリノベ住宅をリノベしたわけで、これはいわば人間が生き延びるための条件にはまったく関係ないことしかやらないリフォーム。ならばそれを徹底して、機能をもたない天井と梁にこそ予算をあてて、内装の主役にできないかと考えたのです」
天井は角材を格子状に組んだ「格(ごう)天井」。元来は社寺建築や書院造など、日本建築において格式の高い部屋に用いられるもので、明治期から昭和初期にかけての木造洋館建築にもみられるが、現代のRC造マンションに使われるような天井仕上げではない。
「模型を見せたら、ご夫妻は最初ぎょっとしていましたね。というか、どんなものになるのか想像がつかないという顔をされていました。けれどそこはおふたりの器の大きいところで、このリフォームのなかで最もやりたいことが天井だという私の意図を察して、理解してくださいました」
もうひとつの主役は構造梁。これはマンション全体の荷重を支えるものであり、個々の部屋の間取りとは関係なく「構造と空間が最初から分離された」シロモノである。しかも築年数が古いだけに、最も低い梁までの高さは1970㎜しかない。
「現代人の身長からすると、こんなに低い梁は日常生活のノイズというか、物理的にも視覚的にも邪魔ものでしかないわけです。ならばそのマイナス的な存在を、どれだけ真逆の愛おしいものに反転させられるかを考えたのです」
梁の部分には濃い紺色の地に花柄模様(ウィリアム・モリスの柄ではない)の壁紙を貼り、その両脇には木製モールディングで目隠しをしたLED照明を仕込む。やわらかい間接光で空間の重心を下げ、梁高の低さを逆手にとることで、包まれるような安心感に転ずることに成功している。


生産形態から内装部品をとらえる
さて、ここまでの設計でおしまいならば、あくまで「ヴィンテージマンション改装の一例」として紹介する事例となるのだが、渡邊さんが建築家であり、かつ研究者たる所以は、このリフォームに使われた要素を4つの「部品」として分類し、それぞれの価値と特性をどのように組み合わせたのかを図式化したことにある。
まずは施主が持っているアンティーク家具や美術品など、人間性を豊かにするものを「A:余暇部品」、壁紙や木材、石材、ガラスなどの建材を「B:工業部品」、渡邊さんが付加価値をつけて販売を請け負っている「C:クロスオーバー(Xover)部品」、そして左官仕事などを「D:湿式部品」と名づける。Aは最初から意匠性を纏っており、付加価値が高く、ありていに言えば住まい手の「趣味」の中核をなすものである。Bは市場価格が決まっており、基本的に付加価値はゼロ。規格化・工業化された建材を指す。Cは少し説明が必要で、渡邊さんがデザイナーや職人と共同で立ち上げたプロダクツ群を指し、単体では用途が限定されないオブジェのような商品である。自前で価格を決められるので、付加価値を自由につけることができる。そしてDは、現場での職人作業を経て価値が生まれる、規格化・工業化し得ない部品のことである。
設計者は、施主という「表現者」の趣味(これを所与の「表現因子α」と呼ぶ)に適合するようにA〜Dの部品を組み合わせる。その設計者の行為自体を「表現因子β」と呼ぶ。なにやら数学の証明問題のような名づけ方だが、これらの変数によってさまざまなリフォームのバリエーションが表現できるというわけだ。
具体的にいうと、AからDまでの部品のバランスを変えることで、たとえば一品もののクラフツにあふれた高付加価値な家にも、既製品を多用した低コストの家にも調整できる。また、αとβの強弱によって、住まい手の趣味が色濃く出た家にも、設計者の個性的なデザインを前面に出した家にもなり得る。こうした要素を整理し、「プロトタイプ」として提示したことが、「モリスハウス」の設計プロセスの新しさといえよう。


現代版のプロトタイプ
「この家に引っ越してきて、家族一同本当に満足しています。海外に出張に行っても、早く帰りたくなるぐらいです。夫婦とも京都の洋館が好きなのですが、ちょっと似たところがあって、家にいると心が安らぎますね」と施主は言う。総工費は1600万円。坪単価にすると約38万円となるが、施主は建て替えが終わる4年後もここに住み続けたいという。これが高いか安いかは自明であろう。
「今回はアンティーク家具がお好きな施主でしたが、たとえば第2号の施主がミース・ファン・デル・ローエの家具が好きな人ならば、鉄とガラスの工業製品を多用した『モリスハウス』になるのかもしれませんね」と渡邊さんは笑う。
〈役に立たないものや、美しいとは思わないものを、家に置いてはならない〉とウィリアム・モリスは書いた。だが何が役に立って、何が美しいかは、施主の趣味によってまったく逆の意見が出ることさえある。そんな時代において「プロトタイプは成立し得るのか」という問いを、真摯に追い求めたひとつの解がここにある。




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渡邊大志Watanabe Taishi
わたなべ・たいし/1980年神奈川県生まれ。2005年早稲田大学理工学術院建築学専攻修了。12年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。16年より早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科准教授。おもな作品=「節会/倉庫と舞台」(19)、「レッドハウス」(20)など。