特集

1号室のアトリエ。入居者の交流会や、マルシェの開催など地域にも開かれた場所。 写真/山内紀人

2022年 夏号 プロトタイプの野心‑ CaseStudy#4 ‑あらゆるモクチンがプロトタイプ

作品/「2020/はねとくも」
設計/CHAr

すでに広く知られているNPO法人CHArの改修アイデア集「モクチンレシピ」。「モクチンレシピ」がプロトタイプで、それによってさまざまな木賃アパートが生まれていると思っていたら、どうやらそうではないようだ。職住一体の新築木賃アパート「2020/はねとくも」を通して、連 勇太朗さんの考える「プロトタイプ」をひも解いていく。

西面はガルバリウム鋼板張り。北面の塗装のクリーム色は隣家の壁面からサンプリングし周辺との調和を図った。 写真/山内紀人

「2020/はねとくも」は、埼玉県戸田市に2020年に竣工した3戸の長屋建て賃貸集合住宅である。北西の角地に立ち、交差点に面して小さなオープンスペースを設け、シンボルツリーを植えている。2階建てで住戸の1階部分には店舗利用などを想定したスペースを配し、周辺地域に対して開放的な構えをとっている。収益物件だが許容容積率200%のところ130%しか使っていない。
 設計はモクチン企画(現・CHAr、*1)である。代表理事である連 勇太朗さんが12年に立ち上げたNPO法人で、ウェブ上で公開しているモクチンレシピは、中古の木賃アパートを安価にリノベーションするためのツールとして知られる。「2020/はねとくも」は、そのモクチン企画が初めて手がけた新築建物である。
 さて、最近ではあちこちで見かけるようになった職住一体型賃貸物件を、プロトタイプという主題でひも解いていくにあたっては、あらためてモクチン企画とそれを主宰する連 勇太朗という人物について解読しておく必要がある。

モクチンレシピで起業する

 連さんは、慶應義塾大学環境情報学部と大学院の政策・メディア研究科(SFC)の出身である。彼が在籍していた頃のSFCはIT起業と社会起業を全面的に推していて、カリキュラムにも社会起業論が組み込まれ、それゆえ学生時代に起業したりプロジェクトを興したりする人たちがまわりにいっぱいいた、と連さんは述懐する。クリストファー・アレグザンダーの名著『パタン・ランゲージ』にも、最初は建築の設計手法としてではなく、ソフトウェアのプログラミング手法として触れている。
 そのパタン・ランゲージに興味をもった連さんは、建物の構成部位を共有言語としてツール化し、インターネット上のプラットフォームで公開し、多様な意見を反映させながらツールを育成し、そのツールを援用して空間を生成するという構想を卒業論文とした。それがモクチンレシピの原点であり、オープンソースによる集合知の形成という彼の関心を表したものであった。同時にその卒論を企画書にまとめて企業訪問したところ、興味をもってくれた人たちの協力を得て、木造賃貸アパートの再生に携わるが、改修を個別にデザインするという従来型の方法の限界も実感した。その経験がレシピ=調理法という言葉には含まれている。大学院時代はアパート3軒をモクチンレシピを用いて改修しそれを修士論文にまとめて提出し、卒業後、起業する。
 起業は、モクチンレシピによる実例を見たある地場の不動産会社の社長から、事業化を促されたことが契機である。レシピを有償利用する会員企業を10社ほど集めてくれて、それがモクチンパートナーズとなり、モクチンレシピとの両輪でモクチン企画の骨格が形成された。

1号室アトリエからテラス、街路を見る。見事に成長したシンボルツリーのミモザを介し、通行人と会話が生まれることも。 写真/山内紀人
1号室2階の居室。階下のアトリエの天井高のぶんの段差が、空間に変化をもたらしている。 写真/山内紀人

小さな点がネットワークしてコミュニティをつくり出す

 モクチン企画がおもにお付き合いをしているのは地場の不動産会社である。木賃アパートは郊外住宅地に点在していて、それらを100戸、1000戸単位で管理しているのが地場の不動産会社だからである。彼らは、物件所有者の社会的な事情にも通じており、まさに地域と一緒に生きている人たちで、木賃アパートのボトムアップでまちを魅力的にすることを設立時からのビジョンとして掲げるモクチン企画にとって、併走したい仲間である。彼らのために生まれたモクチン企画といってもいいだろう。彼らのネットワークに参入し、実践を重ねていった。
「2020/はねとくも」のオーナーは平和建設という埼玉県戸田市を拠点とする歴とした地場の不動産会社で、15年にパートナーズの会員となっている。代表取締役の河邉政明さんは、切実な空室問題解決の糸口としてモクチンレシピに期待した。まず自社のオフィスを最初の改修事例にして管理物件の大家たちにそれを見せて説得しては改修費を出させ、リノベ物件を多く扱うサイトで告知をしていったところ、これまでとは少し違う入居者が集まり始めたことに気がついた。そこでCHArに相談し、新しい住人たちのコミュニティの醸成を目的とした「トダピース」という活動を始める。フェイスブックを活用し、物件情報、イベント情報、住人情報を発信し、ネットワークの形成を図った。現在、モクチンレシピによる改修物件は70戸を超えた。
 今回の敷地を購入した当初、河邉さんは6戸のワンルームマンションを想定して連さんたちに設計を依頼している。しかしCHArは3戸のアトリエ付きの長屋を提案した。機が熟したとみていた。そして、次のステップへ向けて、住み手がまちの風景になること、河邉さんたちがまちの運営の拠点をもつことの重要性を説明した。
 この構成は、建築家が理念としてクライアントに提案し首尾よく理解を得て実現したものとは異なる。河邉さんたちの「トダピース」の活動、CHArのモクチンレシピから続く一連の活動が、この建物を生んだのである。モクチンレシピによる改修物件が人を呼び寄せ、その人たちのネットワークとコミュニティがこの建物をつくらせたといってもいいだろう。連さんは「2020/はねとくも」を「ネットワークが生んだ建物」と呼ぶが、その理由はまさに建物ができるまでの環境形成にあった。

3号室ロフト。「ロフトカウンター」は転落防止の柵でもあり、作業机や物置棚としても使用できる(*)。 写真/Kenta Hasegawa
3号室2階の居室。「ホワイト大壁」や「ロフトカウンター」「ギンギラキッチン」など随所にレシピが活用されている(*)。 写真/Kenta Hasegawa

プロトタイプを解放せよ

 連さんはこの建物は「プロトタイプとしての建築」であると述べている。プロトタイプとは、一般的には、量産を前提とした試作品、原型と定義される。しかし連さんは、プロトタイプとは「フィードバックループの一断面」だと考えている。なぜなら生産の前提条件が近代と現代とでは変わってきており、その概念自体が変化したからである。マスプロダクトの世界では、製品開発に際して幾度も試作品で検討を重ね、量産化につなげる。その製品化される前の試作品をプロトタイプ=原型と呼んだ。量産という近代の目標が生んだ線形プロセスにおける一地点である。しかし現代では、設計作業の大半がコンピュータのなかで行われるようになり、アルゴリズムが入力された個別条件に対して適切な解を与えてくれるようにさえなった。そこでは、ものの形は、条件設定によって固定化されたアルゴリズムの「切断面」として現れることになる。アルゴリズムと切断面の関係も、アルゴリズム自体、切断面からのフィードバックを受けて変質していくものゆえ、両者はフィードバックループの関係を形成する。連さんはその切断面を今日のプロトタイプだというのである。
 こうした概念に則ってモクチンレシピを見ると、モクチンレシピとは、木賃アパートのさまざまな改修現場で実践され、その実践での評価がモクチンレシピ自体を変化させ、それが次の現場で採用されていくというフィードバックループであり、レシピの実施はその切断面だということになる。それゆえ「2020/はねとくも」は、アルゴリズムとしてのモクチンレシピの実践過程で誕生した「切断面」ということになる。
 切断がなければ、アルゴリズムは形態として現れてこないがゆえに、その切断面こそ現代のプロトタイプだという見立てだ。
 しかしプロトタイプ=proto-typeは、初源の型と解釈することができ、しかも切断面とアルゴリズムがフィードバックループ関係にある以上、切断面の揺籃、つまりアルゴリズムもプロトタイプと呼んでもいいのではないか。それゆえ、プロトタイプという概念は、近代の均質な製品の大量生産のためのものという呪縛から解放され、ものを生み出す際のアルゴリズムとでもいうべきメタ概念に昇華したと考えたい。21世紀の変幻自在のデミウルゴスである。

2020/はねとくも 写真/山内紀人

*1 NPO法人CHAr:「Commons for Habitat and Architecture」の略。モクチン企画の名称を新たに、次世代に向けた住空間・地域社会のデザインを展開していくという。

使用されているモクチンレシピ

築古賃貸物件の改修アイデア集「モクチンレシピ」から、今回は検証中のものも含むさまざまなレシピが採用されている。

木賃ナンバーズ
木賃ナンバーズ 写真/山内紀人

物件に合わせてフォントを選び、カッティングシート、型紙を用いた塗装で室番号などを掲示する。

ライティングレール
ライティングレール 写真/山内紀人

ダクトレールを天井や壁に設置することで、住み手の好みに応じた照明器具を自由に取り付けることができる。

自在どうぶち
自在どうぶち 写真/山内紀人

胴縁をあえて壁表面に等間隔に取り付け、入居者がフックや棚を取り付けやすくする。今回新しく開発された。

ギンギラキッチン
ギンギラキッチン 写真/Kenta Hasegawa

既存キッチンの背面にステンレス板を取り付けるだけで、簡単に清潔でシャープな印象に(*)。

ロフトカウンター
ロフトカウンター 写真/Kenta Hasegawa

L字型のカウンターを設置することで、ロフトの利用の幅がぐんと広がる。「2020/はねとくも」で改良された(*)。

チーム銀色
チーム銀色 写真/山内紀人

ドアノブやスイッチプレートなどのパーツ類をメタリック系の質感に統一すると、空間が一気に引き締まる。

ホワイト大壁
ホワイト大壁 写真/山内紀人

異なる色味や材質が使われがちな建具枠や幅木を壁面と一体化させ、整然とした空間に仕上げる。

のっぺりフロア
のっぺりフロア 写真/Kenta Hasegawa

部屋の印象を大きく決める床面をニュートラルな色調に。これだけで、旧来の木賃アパートの部屋も見違える(*)。

配線ウォール
配線ウォール 写真/Kenta Hasegawa

壁に垂直に板を張り、その裏側に配線をまとめる。空間のアクセントにも。今回実践した検証中のレシピ(*)

  • 連 勇太朗氏の画像

    連 勇太朗Muraji Yutaro

    むらじ・ゆうたろう/1987年神奈川県生まれ。2012年NPO法人モクチン企画設立、代表理事に就任。21年CHArへ改称、同年明治大学専任講師に着任。おもなプロジェクト=「モクチンレシピ」(12~)、おもな作品=「2020/はねとくも」(20)、おもな著書=『モクチンメソッド 都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社、17)など。