特集

2022年 夏号 プロトタイプの野心‑ インタビュー ‑新しいプロトタイプに向けて
〜 建築生産を研究している人 権藤智之

インタビュー/権藤智之
聞き手/伏見 唯、贄川 雪(まとめ)

この数年、量産とそのためのプロトタイプの設計にトライする建築家が目立っている。戦後の住宅不足のさなかにおいても盛んに議論されていたが、その動機や意識、方法は、かつてのものとは大きく異なっている。住宅のストック数が飽和している今、なぜプロトタイプに回帰しているのだろうか。その手がかりを探して、建築生産を研究している権藤智之さんに話を聞いた。

プロトタイプと時代

今号では、最近のプロトタイプのケーススタディを掲載していきますが、そもそも過去にはどのような取り組みがあったのでしょうか。

権藤現在までの日本の住宅生産のフェーズは大きくふたつの段階に分類できます。まず第1期が“型の時代”で、1960年代までを指します。戦後、推定450万戸という空前の住宅不足を解消することが、建築界の大きな課題となりました。こうしたなか、前川國男の「プレモス」(46)や浦辺鎮太郎の「クラケン型組立住宅」(47)などのプレファブ住宅が、その応答として登場します。これらのプロトタイプは、技術的には未成熟で量産を継続して実現することはできませんでしたが、これからの普遍的な住宅が目指すべき理想像を示したものだったといえるでしょう。
 50年代は、標準設計の時代です。住宅の効率的な大量生産と品質向上を目指し、標準設計と呼ばれる特定の間取りがつくられました。「51C型」はまさにプロトタイプのひとつの理想形です。食寝分離は当時の社会的ニーズに合致し、標準設計の主流になり、LDK型につながります。
 60年代には、ハウスメーカーによるプレファブ住宅が多数登場します。大和ハウス工業の「ミゼットハウス」(59、*1)を皮切りに、積水ハウス「セキスイハウスA型」(60)、松下グループ「松下1号型」(61)、積水化学工業の「セキスイハイムM1」(70、大野勝彦設計、発売時名称はセキスイハイム)といった商品住宅が開発・発売されました。このように第1期は、プレファブ住宅や標準設計などさまざまな新しい「型」が提示された時代だったといえます。
 第2期は“システムの時代”です。68年には住戸数が世帯数をついに上回り、73年にそれが全都道府県で達成されました。つまり住宅不足が解消され、課題も量産から多様化へと変化していきます。この頃には、ハウスメーカーや建材メーカーも力をつけて住宅産業は確立しており、多様化のニーズに合わせて商品を充実させていきました。
 しかしそのなかで、工業的マスハウジングへの批判として、オランダの建築家N・J・ハブラーケン(*2)の思想が輸入されます。ハブラーケンは、一方的に住宅の型を供給していくのではなく、個々の住み手が工業製品としての住宅部品を自由に選んで組み合わせ、それぞれの住まいに必要な内装設備を実現していく「SI」(サポート・インフィル)というシステムを提唱しました。量産の欠陥である多様性や個別性の欠如を、生産性とともに実現するためのシステムを提唱したわけです。トップダウンで型を提供する姿勢から、住民の主体性へと目が向けられ、建築家はそのためのシステムを模索するようになっていきます。
 加えてこの時代は、日本の民家や在来工法への回帰・見直しがなされた時代でもありました。日本の住宅がプレファブ一色にならなかったのも、在来工法が強かったためです。従来の木造を変革したくて、国は工業化を推進してきたわけですが、そうはならなかった。住民が畳を頼りにざっと描いた間取りであっても、工務店や大工はそれをある程度安価に住宅の形にすることができる。在来工法は、材料や職人といった生産面でも、文化や環境の面でも、日本の風土によく調和しているシステムであったと気づかされるのです。
 技術的にも、76年頃にプレカットの加工機が登場したことで、在来工法であっても量も質も担えるようになってきます。プレファブでもツーバイフォーでも在来でも、軀体は1日で建て終わるし、速さに遜色がないとなれば、プレファブだけに優位性があるわけではない。こうして、現在も含む第3期へと時代は向かっているように思います。

*1 ミゼットハウス

2021年夏号「個室の復権」の掲載動画

“支配型”と“選択型”

過去にも、一品生産で終わらない設計のあり方を模索した建築家はいたのでしょうか。

権藤時代の流れとは別に示唆的なのは、建築家の剣持昤(けんもちりょう)(*3)の指摘です。剣持は、60年代後半に、相互に組み合わせができるよう寸法や接合方法のルールを決めて設計・生産された部品「規格構成材」を、建主が自由に組み合わせて住宅を実現していくという「規格構成材建築」こそ、あるべき工業化の像として提示しました。
 それに加えて、設計者を次のふたつに分類しています。まず、部品の開発や流通にまで踏み込んでコントロールし、建築家が最良だと考えるひとつのプロトタイプをトップダウンで普及させようとするタイプの建築家を“支配型”と定義しました。一方、流通している建材の創造的な組み合わせに徹し、そこから空間を提案していく建築家を“選択型”と定義しました。そして剣持は、後者の〝選択型〞の意義を認めながらも、自らは“支配型”の設計者として建材メーカーとともに規格構成材の開発にまでコミットしていきました。その実作がどうだったか、というのはまた別の議論が必要だと思いますが、少なくとも剣持は、工業化の時代における建築家とはどのような存在なのかという問いにいち早く言及した点で、非常にユニークな存在だったといえるでしょう。
 このように、一言にプロトタイプといっても、その内容や質、目指すもの、建築家としての姿勢やコミットする範囲も、非常にさまざまです。

新しいプロトタイプに向かって

今回の特集では、3名の建築家を紹介しています。まず秋吉浩気さんは、建物の構法自体がひとつのプロトタイプになっている。加えて特徴的なのは、施主による設計が可能なアプリを開発し、設計プロセスでも新しいシステムを実装しようとしていることです。続いて渡邊大志さんの「モリスハウス」は規格材とオーダー、手仕事をまぜたDIYの仕組みです。また「クロスオーバーハウス」は、日本の在来工法にも合わせて展開していけるようなモジュールシステムになっています。そして連勇太朗さんは、アパート改修メソッドのチップ「モクチンレシピ」を認定工務店制度で共有して使えるようにしています。そのレシピがある種の標準形になり、それを用いたリノベーションが増えていく。ネットワークがあるおかげで、レシピに対してフィードバックがあり、改良が加わりまた利用されるという、新陳代謝が可能なシステムになっています。このように、気鋭の建築家である彼らが、一品生産ではない建築のつくり方を模索していることについて、権藤さんはどのようにご覧になっていますか。

権藤秋吉さんや連さんがやっているのは、社会や生産の仕組みと調和し、うまくそれをハックするようなプロトタイプの模索なんだと思います。一方渡邊さんは、社会の仕組みを理解してずらす・組み替えることでクリエイションを生み出すようなアプローチにみえました。いずれも、実現していること自体がすごい。自邸ではなくオーダー先で実現できたということは、構法的な裏づけだけではなく、コストや調達をクリアできたという生産的な裏づけでもあるわけですから。

なぜ、こうした動きに向かっているのでしょうか。

権藤RCやガラスのような新材料もないし、現在の建築表現において「これは表現として新しい」というものは一通りやりつくされてしまった感じがありますよね。そんななかで純粋に建築のデザインに取り組んだとしても、新しい何かが出てくる予感はどうしても薄い。そういう閉塞感が、やはりどこかにあるように感じます。そんな状況でも新しい建築を提案していくために、仕組みに積極的にコミットしていくというのは、とても自然な流れのように思います。
 また、建築家としての職能を再度模索した結果、こうした流れにつながっているように思います。そこに新しい技術も味方している。インターネットやアプリが発達したおかげで、量をまとめなくても工場や生産現場と直接やり取りできる可能性が開けています。そこで生産とのおもしろい組み合わせが提案できれば、従来の建築家以上に、建築に携わることから手応えを得られる可能性があるかもしれません。
 また、生産が分散型なのも、現代的な変化だと思います。第1、2期は、提案に加えて生産もトップダウン的というか集約型でした。たとえば、かつてのハウスメーカーは全国に数カ所工場を設置し、そこでプレファブ住宅をまとめて生産して全国にばら撒いていくような流通方法でした。しかし、住宅数が減っている現在、こうした大きな工場を用意し、そこから流通を行うことは重荷にもなり得ます。材料や人材を含んだ生産のシステムを、住宅生産の縮小期にどうすれば組み直していけるかという課題に向き合っている点も、共通する特徴かもしれません。

最後に、これからのプロトタイプは、どのようにすればうまく機能していくでしょうか。

権藤歴史的にみれば、量産に成功したプロトタイプには、ふたつの傾向があるように思います。ひとつは、地続きに移行ができるかどうか、です。それがいかに理論的にベストな生産効率であるとしても、まったく未知の新しい材料や構法を使うシステムでは、おそらく量的に成功しづらいでしょう。提案されたプロトタイプが量産と結びつくというのは、状況との連続性が不可欠なのだと思います。
 もうひとつは、「家っぽい家」というか、みんなが家だと思えるものが、市場では売れるんですよね。プロトタイプは、言い換えると「像」みたいなものだと僕は思っています。おぼろげながらでも「こういう家がいいよね」というイメージが人びとのなかにあって、それが「プロトタイプ」になってきたのだ、と。そのような理想的な像というのは、そんなに簡単に変わらないし、変わるには長い年月がかかる。もしくは、人びとの価値観をガラリと変えるような大きなショックがなければ、変わらないように思います。
 しかし、可能性がないかといえば、そうでもありません。実際に、今までと現在では、家や住宅に対する意識が変わってきています。どういうことかといえば、第2期までの世代は、家をとても特別視してきました。支出で最初に考えるのが家賃や住居費だったし、住宅の購入は一生の買い物だとずっと特別視されてきた。しかし今は、暮らしの別の要素と同様に、もっとフラットにとらえている感じがあります。仕組みをいろいろつくった先に「そこでどんな暮らしをするのか」という、本来的な目的に目が向いている。家だけを特別視しないというのが現代人の生活で、それに対するシステムが望まれているし、これからのプロトタイプも、そのような提案に向かって変化していくのではないでしょうか。

*2 N・J・ハブラーケン:オランダの建築家(1928〜)。60年代に「オープン・ビルディング理論」を提唱する。「オープン・ビルディング理論」とは、たとえば集合住宅を、利用者全体によって意志決定される部分=「サポート」と、各住戸部分=「インフィル」に分けてとらえ、周辺環境との調和と、個別の居住者の意思を両立して実現しようとするもの。
*3 剣持 昤:建築家(1938〜72)。父はデザイナーの剣持勇。「規格構成材建築」など独自の理論を提唱・研究開発をしながら、新しい建築家として活躍した。

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    権藤智之Gondo Tomoyuki

    ごんどう・ともゆき/1983年香川県生まれ。2006年東京大学工学部建築学科卒業。11年同大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。首都大学東京(現・東京都立大学)准教授を経て、17年より東京大学大学院工学系研究科建築学専攻特任准教授、22年より准教授。専門は建築構法、建築生産。共著に『箱の産業 プレハブ住宅技術者たちの証言』(彰国社)、『内田祥哉は語る』(鹿島出版会)など。